作字百景 Sakuji Hyakkei
作字百景
はじめに
『作字百景』は2010年代以降、インディペンデントシーンを中心に興隆してきた〈かき文字〉によるデザインの動向をまとめたものだ。
本書全体は大きく二つの性質の作品群で構成されている。
ひとつは図形のように「描く」、筆記具を使って「書く」、アナログ、デジタルと方法はさまざまだが、「フォント」ではなく〈かく〉ことによる文字を基調にした作品群である。2000年代末の大原大次郎の登場をひとつの象徴として、多くの若いデザイナーが〈かく〉こと、あるいは〈かき文字〉によるグラフィックの可能性に向き合っている。規格化された文字を並べる技術である「タイポグラフィ」が日常の文字コミュニケーションを覆ったいま、人間的なスケールからデザインを立ち上げる〈かき文字〉が復権している。
もうひとつはSNSを中心に〈作字〉と呼ばれるカテゴリで発表されるようになった作品群だ。これらはロゴやレタリングの方法をそれ自体で完結した表現形式に応用した、作り手の自由な言葉選びと造形処理によって創作される文字形象である。なにげない日常の言葉や衝動的なメッセージが、かつての商業レタリングや工業的な文字、漫画やテレビのタイトルロゴなど膨大なリソースを参照した文字デザインをともなって、形象化する。SNS上では日々さまざまな作風の〈作字〉投稿がプロアマの区別なくシェアされ、同好のグループや学生サークルが結成されるまでそのネットワークは広がりつつある。
前者は実際のプロジェクト、後者は自律的なグラフィック表現という違いはあるが、どちらもフォントやタイポグラフィにはない自由で表現的な文字形象にデザインの可能性を探っている同時代的な動向だ。本書に収められた作品はいずれも、「合意形成」や「問題解決」の結果として生まれる凡庸なデザインにはない、自由な活力で満ちている。
〈作字〉という言葉はもともと活字、フォントの世界において手持ちの文字セットのなかにない特殊な字種を作ることを意味してきた。しかし、現代的な日本文字の造形創作を指し示す、より適切な感覚の日本語表現が求められた結果、従来の欧文や商業のニュアンスが強い「ロゴ」や術語としての「レタリング」に変わる言葉として〈作字〉が転用され、徐々に定着しつつある。変化の激しいネット経由の語法を書名に掲げるのは拙速だろうか?いや、新しい言葉が生まれるところに新しい運動と精神が宿っている。
これらの背景には、漢字・ひらがな・カタカナの3つのモードをもち、文字の意味と形を融通させてきた日本語書記の視覚性と運動性がある。現代のグローバルな情報アーキテクチャを超える日本文化の根源的な可能性とはなにか?「グラフィック」という言葉の原義である「かく」ことから、次の挑戦が始まっている。
(編集子)
作字百景
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